「金融所得課税」で社会保険料が増えるのは本当?NISAの資産はどうなるのか
日本は「国民皆保険」。誰もが何かしらの公的医療保険に加入して、社会保険料を納めています。そのおかげで、病院などにかかるときに保険証を提示すると、原則3割負担で医療サービスを受けられるのですから、ありがたいですよね。
しかし、国は今、社会保険料に金融所得を反映する仕組みを検討しています。もしこれが実現したら、社会保険料の負担が増える人が出てくるかもしれません。
投資の利益、利用する口座によって確定申告の有無が違う
金融所得課税とは、株式や投資信託などの金融商品から得た所得にかかる税金のことです。投資で得られた利益には本来、所得税15%+住民税5%+復興特別所得税0.315%、合わせて20.315%の税金がかかります。
投資をする際に金融機関に開設する口座には、大きく分けて
①一般口座
②特定口座(源泉徴収あり・源泉徴収なし)
③NISA口座
の3種類があります。
これら3種類の口座は、税金の計算方法や確定申告の必要・不要が異なります。
「①一般口座」は、投資で得られた利益にかかる税金を自分で計算し、自分で確定申告に必要な書類を用意したうえで、確定申告して税金を納めなければならない口座です。結構な手間がかかりますので、個人投資家があえて一般口座を選ぶメリットはありません。
「②特定口座」は、投資で得られた利益にかかる税金を金融機関が計算してくれる口座です。
特定口座(源泉徴収あり)を選ぶと、利益が出るたびに金融機関が税金を自動的に差し引いて納めてくれるため、原則として確定申告が不要になります。金融機関の口座内の損益通算は自動でおこなってくれます。
しかし、複数の金融機関で特定口座を保有し、同じ年に複数の口座で利益と損失が生じた場合の損益通算や、損失を最大3年間繰り越す繰越控除を利用する場合は確定申告が必要です。
日本証券業協会「特定口座の普及状況調査について」(2023年6月末時点)によると、特定口座の実に93%が源泉徴収ありとなっています。
一方、特定口座(源泉徴収なし)の場合は、金融機関は税金を納めませんので、自分で確定申告をして納める必要があります。なお、金融機関は年間取引報告書という、1年間の取引をまとめた書類を作ってくれます。これを利用することで、比較的簡単に確定申告ができるようになっています。
そして「③NISA口座」は、投資の利益にかかる税金が非課税になる新NISAの取引ができる口座です。NISA口座は単独では開設できず、課税口座(特定口座または一般口座)と一緒に開設します。
新NISA口座での投資で得られた利益にかかる税金は一生涯にわたってゼロです。したがって、利益があっても確定申告する必要はありません。
以上を確定申告が必要な口座・不要な口座で分けると
・確定申告が必要な口座…一般口座、特定口座(源泉徴収なし)
・確定申告が不要な口座…特定口座(源泉徴収あり)、NISA口座
となります。
同じ「投資で得られた利益にかかる税金」を支払うにしても、確定申告が不要な場合と必要な場合があるということを押さえておいてください。
金融所得と社会保険料の「不公平」を解消するために課税強化?
2024年4月に開催された自民党の「医療・介護保険における金融所得の勘案に関するプロジェクトチーム(PT)」の会合において、厚生労働省が公的医療保険や介護保険といった社会保険料の算定に金融所得を反映することの検討を始めたことが報じられました。
公的医療保険には、大きく分けて
・会社員や公務員が加入する「被用者保険」(協会けんぽ、健康保険組合、共済組合)
・個人事業主やフリーランスなどが加入する「国民健康保険」
・75歳以上の人が加入する「後期高齢者医療制度」
の3種類があります。
被用者保険の保険料は、給与や賞与に保険料率をかけて計算します。そのため、金融所得がいくらあったとしても保険料には反映されません。なお、保険料は労使折半といって、個人と会社で半分ずつ負担しています。
しかし、国民健康保険や後期高齢者医療制度の保険料は、前年の1月〜12月までの金融所得を含めたすべての所得金額をもとに自治体が計算します。お住まいの自治体によって細かな料率の違いはありますが、「すべての所得金額」というところは変わりません。
個人事業主やフリーランスは金融所得も含めて毎年確定申告する必要がありますので、国民健康保険の保険料に金融所得の分が反映されます。
また、年金受給者には年金収入を確定申告しなくてよい「確定申告不要制度」がありますが、年金収入以外の所得(金融所得を含む)が20万円超だと利用できないため、確定申告をする必要があります。その結果、国民健康保険や後期高齢者医療制度の保険料に金融所得の分が反映されます。
介護保険料も40〜64歳の会社員や公務員の場合は給与をもとに計算されますが、国民健康保険加入者の介護保険料や65歳以上の人の介護保険料は前年の総所得をもとに計算されるので、金融所得の分が保険料に反映されます。
なお、上述の「特定口座(源泉徴収あり)」の場合は、確定申告は不要であり、金融所得の分は保険料に反映されません。正確を期すために伝えておくと、一般口座、特定口座(源泉徴収あり)、特定口座(源泉徴収なし)で支払う税金(所得税・住民税)は同じです。
つまり、現状では金融所得がある場合、確定申告をすれば保険料に反映され(保険料が増え)、特定口座(源泉徴収あり)では保険料に反映されない(保険料が減る)仕組みになっているのです。
これを不公平とみて政府は、確定申告の有無に関わらず、金融所得を保険料に反映させることを検討しているのです。
確定申告の有無に関わらず、金融所得を保険料に反映されるといくら負担増える?
朝日新聞の報道では、厚生労働省が自民党の作業部会に提示した資料が紹介されています。これによると、70代後半で単身、年間の年金収入が270万円、金融所得が50万円ある人の保険料は、
・確定申告した場合…医療保険年22万896円、介護保険年11万2050円
・確定申告しなかった場合…医療保険年16万9846円、介護保険年9万7110円
となり、確定申告しない方が年6万5990円安くなるとのこと。そのうえ、介護保険サービスの自己負担割合も確定申告をすると2割、しないと1割になるとのことです。結構な増額ですし、金融所得が100万円、200万円…となれば負担はさらに大きくなることが予想されます。
もっとも、社会保険料に金融所得を反映させようという動きは、これまでも何度かありました。今回の検討についても、政府は2023年12月に閣議決定した「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)について」において、
国民健康保険制度、後期高齢者医療制度及び介護保険制度における負担への金融所得の反映の在り方について、税制における確定申告の有無による保険料負担の不公平な取扱いを是正するため、どのように金融所得の情報を把握するかなどの課題も踏まえつつ、検討を行う。 |
と盛り込んでおり、社会保険料の負担に金融所得を反映させて「不公平な取扱いを是正」するために検討を行う旨を示しています。
高齢化の影響で、国の年金・医療・介護の費用(社会保障給付費)は年々増大しています。
<社会保障給付費の推移>
厚生労働省の資料より
厚生労働省によると、2024年の社会保障給付費(予算ベース)は137.8兆円。GDPに占める割合も1980年は10%でしたが、2024年は22.4%に増大しています。内訳を見ると、年金61.7兆円、医療42.8兆円、福祉その他33.4兆円となっていて、いずれも年を追うごとに増えていることがわかります。
これらの社会保障給付費は、社会保険料だけでなく、税金からもまかなわれています。
<社会保障給付費の負担の内訳>
厚生労働省の資料より
社会保障給付費のうち、保険料が負担している分は80.3兆円、約6割です。残りの約4割は国や自治体の公費が使われています。国の一般会計の歳出総額112.5兆円のうち、37.7兆円が社会保障関係費として利用されている状況です。
少子高齢化対策に乗り出してはいるものの、総人口に占める65歳以上の高齢者の割合を示す高齢化率は年々上昇し、2023年は29.1%と、30%も見えてきています。今後も社会保障給付費が増加することは目に見えています。国としては、金融所得を社会保険料に反映させることで税収を拡大し、膨らむ社会保障給付費にあてたいと考えているようです。
新NISAも対象になるのか
心配なのが「新NISAの金融所得も社会保険料の算定の対象になるのではないか」ということです。
事実、社会保険料に金融所得を反映させる仕組みの検討がはじまったという報道が行われると、SNS上では「新NISAも金融所得課税の対象になるのではないか」という憶測が広まりました。
しかし報道によると、2024年6月18日に実施された自民党の会合で、厚生労働省はNISAの収益を対象外とする方針を明らかにしたそうです。ですから、少なくとも今のところは、新NISAの金融所得が社会保険料に反映される心配はなさそうです。
実際、「新NISAも対象」などとすれば、大きな批判を浴びることは目に見えています。政府は「貯蓄から投資へ」と投資へのシフトを促しているのに、投資したら社会保険料が増加するようでは、反発は避けられないからです。社会保険料は呼び方は違えど税金の一種ですからね。
ただ、「新NISAは対象外」ということは、「課税口座の資産は対象」ととらえることもできます。中には、将来的に投資額が新NISAの生涯投資枠(1,800万円)より多くなる方や、新NISAでは投資できない投資先に投資する方もいるでしょう。そうした投資に課税口座を利用する場合に、その課税口座の所得が社会保険料に反映されるようになるということは、あるかもしれません。
もっとも、金融所得と社会保険料のあり方をめぐる検討はまだ始まったばかりです。
先に紹介した改革工程の資料には「2028年度までに実施について検討する取組」として位置付けられているため、どのような形で金融所得課税が導入されるかはまだわかりません。また、2028年度までに「実施を検討」ですから、実際に実施されるとしてもまだ先のことになりそうです。
金融所得課税がどのような形で導入されたとしても、これまで金融所得が社会保険料に反映されていなかった人にとっては「増税」となりえる話ですので、今後も注目しておきましょう。
頼藤 太希(よりふじ・たいき) マネーコンサルタント
(株)Money&You代表取締役。中央大学商学部客員講師。慶應義塾大学経済学部卒業後、外資系生命保険会社にて資産運用リスク管理業務に従事。2015年に現会社を創業し現職へ。ニュースメディア「Mocha(モカ)」、YouTube「Money&YouTV」、Podcast「マネラジ。」、Voicy「1日5分でお金持ちラジオ」、書籍、講演などを通じて鮮度の高いお金の情報を日々発信している。『はじめての新NISA&iDeCo』(成美堂出版)、『定年後ずっと困らないお金の話』(大和書房)、『マンガと図解 はじめての資産運用 新NISA対応改訂版』(宝島社)など書籍90冊、著書累計160万部超。日本証券アナリスト協会検定会員。宅地建物取引士。ファイナンシャルプランナー(AFP)。日本アクチュアリー会研究会員。X(旧twitter)→@yorifujitaiki