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信用取引は「素人には危険」なのは本当か

2024年8月5日に、日経平均株価がブラックマンデーを超える下げを記録しました。上場銘柄の2割相当の約800社がストップ安(制限値幅の下限)まで下げる事態となったかと思うと、翌日には大幅な高騰となり、東京株式市場は翻弄されました。株式急落の要因の1つには、信用取引の投げ売りが大きく影響しています。

今回は、株式の信用取引のしくみについて解説していきます。

そもそも信用取引とは

株式取引には、「現物取引」「信用取引」があります。

現物取引は、株式を買う資金を投資家自身が用意して、株式を売買することです。一方、信用取引は、株式や現金を担保にして証券会社からお金を借りて株式を買ったり、株式を借りて売ったりする株式の取引のことです。信用取引には、制度信用取引一般信用取引の2種類があり、それぞれ反対売買(買った銘柄を売る・売った銘柄を買うなどして決済すること)をする期間が定められています。

信用取引は、企業の決算前に優待のつなぎ売りとして利用されることもあります。一般的に決算日前には配当を狙って、配当の権利付き最終日に向けて株価が上がり、権利落ち日に株価が下がる傾向があります。つなぎ売りは、現物で買って、信用取引で売り建てすることで利益を得る手法です。こうすることで、株価下落のリスクを抑えて株主優待を得ることを目指せます。

信用取引を行うには、委託保証金を取引の証券会社に預けなければなりません。預ける委託保証金の率は証券会社によって異なりますが、30%のところが多くなっています。信用取引では預けた委託保証金の最大約3倍買うことができるため、少ない資金でも効率的に収益を上げることが期待できます。委託保証金率が30%だとすると、約定金額が100万円の場合には、30万円の委託保証金で信用取引ができることになります。

委託保証金は、現金以外にも一定の有価証券で代用することができます。代用のための有価証券(代用有価証券)は、価格変動リスクがあるため、上場株式の掛け目は80%などとあらかじめ決められています。

現物取引は、買った株式を売るだけの一方向の取引のため、収益を得る機会は相場が上昇しているときだけになります。しかし、信用取引は、現物取引と異なり「買い」からだけではなく、証券会社から株式を借りて「売り」から取引を始めることができます。信用取引は、株価が下げている局面でも収益を得る機会があるので、投資家にとって大変魅力的です。

しかし、信用取引で買い建てした株式や、担保に差し入れた株式等が値下がりすると、最低保証金率を維持するために「追証(おいしょう)」と呼ばれる追加保証金が発生します。その場合、現金や株式などを追加担保として証券会社に入れるか、追証を入れることができなければ、信用取引で建てた株式を反対売買して「損を確定」させることになります。なお、資金に余裕がある場合には、買い建てした株式の代金を支払い、現物株式として保有する方法もあります。

信用取引が「素人には危険」なのはどうしてか

信用取引は、素人には危険とよくいわれます。その理由は、次の点にあります。

利益だけではなく損失も大きい

信用取引では少ない資金で収益が上げられる可能性がある反面、思惑通りの相場にならない場合には、損失が大きくなるという特徴があります。株式の取引に不慣れな初心者は、儲かるからと欲だけで取引を行うと大けがをします。

たとえば、自己資金50万円で現物取引を行って50万円分買った場合と、同じく50万円で信用取引を行って150万円分(3倍)の株を買った場合を比較してみましょう(ここでは金利・手数料・税金は考慮しません)。

このとき、買った株が値下がりして2分の1になったとします。このときの損失額は

・現物取引…50万円×1/2=25万円 損失25万円

・信用取引…150万円×1/2=75万円 損失75万円

となります。

現物取引の場合、損失は25万円ですから、残る資産は25万円です。しかし、信用取引だと、損失は75万円となり、資産が残らないどころか、25万円の負債を抱えてしまうことになります。実際には損失以外に、建玉の株式の金利や手数料も証券会社に支払います。

このように株価が大きく下げると、自己資金以上の損失が発生することもあるのです。

信用取引は、少ない資金でも効率的に収益を上げることが期待できますが、思惑に反すると元金はほとんどなくなってしまいます。信用取引が「素人には危険」といわれるのは、このためです。

追証(追加保証金)が発生する可能性がある

信用取引では、現金や有価証券を預けて取引をします。信用取引を継続するには、最低の委託保証金維持率を保つ必要があり、割り込む場合には追証(信用取引の追加保証金)を差し入れなければなりません。このとき、現金を保証金とする場合には、担保の価値は変動しませんが、上場株式を担保としている場合には担保価値も目減りすることがあります。買い建てした株式と担保にした株式の両方が下がるとなるとダブルパンチですね。

空売りの損失は無限大

信用取引では、株式も持っていなくても株式を証券会社に借りて先に売って、後から買い戻すことで利益を得る信用の売り取引ができます。株式を持たずに売るので「空売り」と呼ばれることもあります。特に売りから入る信用取引は、損失が無限大に拡大する恐れがあるため、十分注意しなければなりません。

信用取引の買いから入った場合、どんなに株式が下がったとしてもゼロで底があります。しかし、株価上昇には天井がありません。売った株式を買い戻すには、どこまで損失が膨らむのか予想ができないのです。

株式の格言には「買いは家まで売りは命まで」というものがあります。信用取引の買いの損失は家を失うくらいで済むけれど、売りの損失の可能性は無限大で、下手をすると命まで失うことになりかねないという戒めです。

また、信用の売残高が信用買残高を超えると、逆日歩という品貸料が発生します。この逆日歩は、土曜・日曜・祝日なども発生し、逆日歩の金額も入札額によって決まるため、費用が大きく膨らむ危険性があります。

取り返しのつかない失敗も

2024年8月の株価暴落後のネットニュースでは、青汁王子こと三崎優太さんの信用取引での損失が話題になっています。

三崎さんは、事業運転資金を稼ぐために株式投資を行っていました。ところが、2024年8月の株式暴落で、信用取引により10億円超の巨大損失を負いました。売り注文を出しても値段が付かない株式もあり、追証が発生しましたが、すべての株式を売却することができず、会社の資金を投入して補填を図ったそうです。

三崎さんは100%株式を所有しているため、会社のお金を自身の信用取引に使っても背任罪や横領罪の罪には問われませんが、会社のお金を流用したことによって、9月末に行う予定の3億1000万円の支払いができなくなってしまいました。信用取引の損失でお金も住む家も失い、ブランド品や美術品、車も処分することになりました。しかし、高額過ぎて流通性が低く、なかなか売れない状況だそうです。今まで住んでいた「青汁ヒルズ」の家賃は、月々1700万円。それにくらべて次に住む家は、33㎡の1DKで築40年超の古びたマンションを月々6万円の35年ローンで買ったそうです。この信用取引の損失を受けて、本人は間違っても信用取引にだけは手を出してはいけないと、後悔を隠せません。

信用取引を賢く使うには?

信用取引では、相場の変動により想定以上の大きな損失を被ることもあります。8月の株式相場では、日経平均株価が8月2日に5.81%下落し、8月5日には12.4%も下落しました。こうなるとリスクのコントロールがいかに重要であるかがお分かりいただけるでしょう。

信用取引はレバレッジをかけて約3倍の投資をすることができますが、限度額ギリギリの取引を行わず、保証金にもゆとりを保っておくことが大切です。委託保証金は代用有価証券で委託することもできますが、株価の下落は保証金の評価額の目減りにつながります。現金のみで保証金を委託している場合には、信用取引の建玉の株式の含み損だけに抑えておくことができます。

また「二階建て取引」はリスクがとても高くなります。二階建て取引とは、代用有価証券と信用取引で購入する株式の銘柄が同じ場合をいいます。この取引では、信用買いの評価益・評価損と委託保証金の増減が同じ方向に動くために、株価下落局面でのリスク高まってしまいます。

信用取引では、適切なタイミングで損切りすることが必須です。ロスカットとは、投資対象の株式の含み損が一定の水準に達したときに反対売買をして強制的に決済して、それ以上損失が拡大しないようにする仕組みのことをいいます。追証のリスクを小さくするために「逆指値」という注文方法を活用するのもよいでしょう。売りから入った場合には「〇円まで上がったら買い」、買いから入った場合には「〇円まで下がったら売り」という注文を出しておき、損切りラインを決めておくことでリスク管理がしやすくなります。

青汁王子の三崎さんと投資家Tさんの対談では、Tさんは今回の株価急落で1ミリも心が動揺しなかったそうです。最初から下がることを想定し、資産がいくらまでなら減っても構わないと金額を定め、ポジションを取っているそうです。リスクが過剰にならないよう計算して投資し、ルールや行動指針を投資する前から決めていると話していました。

株式の格言に学ぶ

株式の信用取引で損をするなど、誰でも経験したいことではありません。しかし、株式の格言には、先人の株取引の経験にもとづくエッセンスが詰まっています。実際、取引をしたことがない方でも株式投資の心得として知っておくと、相場が荒れても俯瞰的な立場で冷静に対応できると思います。株の取引ではいくら儲けるかに関心が集まりますが、暴落時に損失を最小化することに注目する必要があります。

「見切り千両、損切り万両」

多くの投資家は、見込み違いの株を買って含み損が出ても、我慢して持ち続けようとします。その結果さらに株価の下落をまともに食らい、塩漬けしなくてはなりません。損切りは多少のダメージを受けますが、損を最小化し大きな損失を回避する視点も必要です。

「落ちてくるナイフはつかむな」

株価が短期間で急落したときには、企業業績の良しあしに関わらず株価は下がります。「今が買い時だろう」と思って買うと、想像を超える下落になることもあり、大損することもあります。落ちてくるナイフを素手でつかむと大けがをしてしまいます。株価が下げ止まって上昇に転じてから、買い場を探せばいいのです。

株価が大きく下落したときにはどうするのか。特に信用取引では路頭に迷わないように、自分なりのルールをあらかじめ決めておく必要があります。

池田幸代  株式会社ブリエ 代表取締役

証券会社に勤務後、結婚。長年の土地問題を解決したいという思いから、宅地建物取引士、ファイナンシャルプランナー(AFP)を取得。不動産賃貸業経営。「お客様の夢と希望とともに」をキャッチフレーズに2016年に会社設立。福岡を中心に活動中。FP Cafe登録パートナー

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