「お得なはずが損」がわかる行動経済学 損を防ぐにはどうすればよい?
「人気の商品が今日だけ半額!」と言われたら、飛びつきたくなるものです。お得そうな気がしますものね。でも、果たして本当にお得なのでしょうか。
一見得するような行動をしたにもかかわらず、知らず知らずのうちに損する行動をとっていたといわれたら、驚かれる方が多いかもしれません。
今回は、知らずのうちに損していることが学べる行動経済学の世界を紹介します。
経済学+心理学=行動経済学
行動経済学は、経済学と心理学を足したような学問です。
経済学の世界では、人は必ず合理的に行動します。買い物は、複数の選択肢のなかから、一番いいもの、利益の高いものを瞬時に、冷静に選びとります。
でも、実際にはそんなことありません。
たとえば、
① 必ず1万円がもらえる
② 50%の確率で2万円がもらえるが、50%の確率で何ももらえない
というくじ引きがあったら、どちらを引きますか?直感で考えてみてください。
多くの人は①を選ぶでしょう。では、次のくじ引きならばどうでしょうか。
③ 必ず1万円を支払う
④ 50%の確率で2万円を支払うが、50%の確率で支払いがなくなる
どちらもイヤかもしれませんが、どちらかといったら、④を選ぶのではないでしょうか。
数学的にみれば、①②のくじ引きの期待値は1万円、③④のくじ引きの期待値は−1万円でどちらも同じです。しかし、目の前に利益があるときは損失を回避する行動を取り、損失があるときはリスクを負ってでも損失を取り戻す行動を取りがちだということがわかります。
これは【プロスペクト理論】といって、かんたんにいうと「損を回避したいという気持ちが合理的な判断をできなくする」ことをいいます。今日の行動経済学の基礎となっている理論でもあります。
ちなみに、日本の宝くじの還元率は45%ですから、かなり割のよくないギャンブルです。買わなければ当たらないのは確かですが、人間がどんな時も合理的に考えられる生き物ならば、割に合わないので誰も買わないはずです。しかし実際には、「億万長者になりたい!」と宝くじを買う人は毎年たくさんいます。過去に当たりの出た売り場で買ってみたり、神頼みしたりする方もいますが、気持ちの面ではともかく、当たる確率の面ではまったく意味のない行動です。
このように、人はいつも合理的に行動するのではなく、判断を間違えます。そうした前提をもとに経済を考える学問が行動経済学なのです。
ほかにもある「プロスペクト理論」で説明される行動
損失を回避しようとしてかえって損をしてしまう。そんな行動は、他にもあります。
サンクコスト
サンクコストとは、将来的に回収できる見込みのないコストのことです。日本語では「埋没費用」と訳されます。サンクコストは、回収できる見込みがないのですが、人はそれを取り戻そうとしてしまいます。そうして、合理的な判断ができなくなってしまうのです。
たとえば、映画館に行って2,000円払い、映画を見始めたとします。しかし、冒頭から映画がおもしろくなかったら、どうしますか?この映画から得るものが何もないのであれば、足早に映画館を出て他のことに時間を使った方が有意義ですが、多くの方は「せっかく2,000円払ったのだから」と映画を最後まで見続けるでしょう。こうした効果がサンクコストです。
超音速旅客機「コンコルド」の開発事例も有名です。コンコルドはパリとニューヨークを約3時間で結ぶという触れ込みで、多額の費用をかけて開発されていましたが、実は開発段階から採算が取れないことがわかっていました。それにも関わらず、「これまでお金をかけたのだからもったいない」と開発が続けられ、結果大赤字となってしまいました。サンクコストは、しばしば「コンコルド効果」とも呼ばれます。
心の会計(メンタルアカウンティング)
心の会計は、出所・保管場所・使い道によってお金を分類し、扱い方を変える傾向のことです。メンタルアカウンティングともいいます。
働いて稼いだ100万円もギャンブルで手にした100万円も、金額の面では同じ100万円です。しかし、働いて稼いだ100万円は大事にしようと思う一方、ギャンブルの100万円は日頃できない贅沢に使ってしまうという「あぶく銭効果」がこれにあたります。
また、旅行先などで「せっかくだから」と買い物してしまう人も要注意。せっかくの機会を逃して損したくないと思って無駄なものを買い、かえって損する可能性があります。
極端の回避
極端の回避は、何か人が選択するときに、極端な選択肢よりも中間にある選択肢を選びやすいという考え方です。
飲食店などには「松竹梅」3ランクのコースが用意されていることがあります。このなかで、もっとも選ばれやすいのは「竹」のコース。人は、極端な選択を嫌う傾向があるので、高すぎず安すぎず、ちょうどいいものが選ばれがち、というわけです。
真ん中を自然と選ばされているという自覚をもち、自分にとって価値のあるものかどうかを考えて選ぶようにしましょう。
合理的な判断を誤らせる「ヒューリスティック」
合理的な判断を誤らせるもののことを「ヒューリスティック」といいます。ヒューリスティックも、行動経済学の重要な研究領域です。
ヒューリスティックは直感のようなもので、物事の判断をすばやくできるメリットがあります。常に論理的に考えていると、間違った行動をしなくなる可能性は低くなりますが、「瞬間」「短時間」で起こる危機的状況に対処できないこともあります。そうした危機を乗り越えるために、人間は直感で、物事の判断をすばやくできるようになってきたという進化の過程があります。
しかしそんな直感も万能ではなく間違えてしまうこともあります。ここでは、主なヒューリスティックにどんなものがあるかを紹介します。
アンカリング
アンカリングは、先に与えられた数字にその後の判断が引っ張られてしまうことをいいます。アンカリングの「アンカー」とは、船の錨(いかり)のこと。船が錨をおろすと、そこから動けなくなってしまうことからこう呼ばれます。
たとえば、「今だけ半額!」と、10万円の腕時計が5万円で売られていたとします。5万円も安く買えるのだからお得と、飛びつきたくなるかもしれません。
しかし、実際本当にこの腕時計に10万円の価値があるのか素人にはわかりません。普段から5万円で売っている腕時計を「10万円の半額」と見せているだけかもしれません。安くなった商品に価値があるのか、しっかりと見定める必要があります。
株式投資でも同様です。ある銘柄が過去に大きく値上がりして、株価が1万円になったことがあるとします。この銘柄の株価が、今5000円になっていたら、「1万円」という数字に引っ張られて、なんとなく安く感じるのではないでしょうか。
ただ、過去の株価がいくら値上がりしていたとしても、今後の値動きには関係ありません。そうした判断よりも、その銘柄の業績や将来性などをもとに投資を判断したほうが合理的です。
標本(サンプル)の大きさの無視
標本数が少ない時に、標本数が多い時の確率で判断してしまう傾向を「標本の大きさの無視」といいます。「90%の人が効果を実感!」といっても、「10人中の9人」だった場合は、標本の数が少なすぎるでしょう。100人、1000人と試しても同じように90%の人が効果を実感するかはわかりません。割合の数字を安易に鵜呑みにするのは危険です。
ギャンブラーの誤謬(ごびゅう)
たとえば、コインを投げて表裏を当てるゲームをした際、裏が続けて3回出たとしたら、次は何となく表が出そうな気がしてしまいます。しかし、表が出る確率も裏が出る確率も同じ50%。過去3回の結果と4回目の間には何の関連性もないのですから、次もその次も裏が出てもおかしくはありません。
投資でも、相場が予想以上に上昇すると「そろそろ値下がりするのでは」「暴落が来るに違いない」などと思ってしまいがちです。もちろん、暴落することもあるかもしれませんが、これまで値上がりしてきたこととこれから値下がりすることの間には、何の関係もありません。
見えない数字の過小評価
直接目に見える数字や現実の支出がいくらなのかは気にするのに、計算しなければわからない費用、小さな数字、隠れた数字を気にしない。こうした傾向のことを「見えない数字の過小評価」といいます。
たとえば投資信託を買うとき、運用利回りにばかり気を取られて肝心の手数料や税金がいくらかかるのかを軽視してしまうことがこれにあたります。
投資信託の販売手数料は、無料のものもありますが、いまだに3%など、高額なケースもあります。また、投資信託の保有中にかかる信託報酬は、たとえほんの少しの差であっても、数十年に及ぶ投資によって数万円、ときには数十万円の差になります。その上、投資で得られた利益には20.315%の税金がかかります。
これらは、投資の成果を確実に減らすコストですから、できるだけ少なくできる方法を取るべきです。
長期間投資することで得られる複利効果も軽視されがち。買った商品をすぐに売ったりしてしまわないよう、注意が必要です。
マーケティングに利用される心理学
このほかにも、マーケティングに利用されている心理学の考え方もあります。いくつか紹介します。
バンドワゴン効果
バンドワゴン効果は、多くの人が支持していることを自分も支持してしまう効果です。たとえば、行列のできる店があったら、自分も並んで食べてみたいと思うでしょう。
また「100万人が愛用」などといわれたら、すごいものだと思ってしまうでしょう。単に商品のよさだけでなく、他の人の意見も買う・買わないの判断に影響を与える、というわけです。実際、ネットショッピングなどで口コミを参考にする方はとても多いですよね。
金融機関の窓口に行くと、投資信託の人気ランキングが貼り出されていることがあります。これもバンドワゴン効果を狙ったものでしょう。多くの人が買っているように見せていながら、実は金融機関が売りたい商品のランキングになっている可能性があるというわけです。現に、おおよそ勧めることのできない商品ばかり並んでいるのを目にしたことがあります。
スノッブ効果
スノッブ効果は「希少性が高いものほど欲しくなる」効果です。
バンドワゴン効果とは逆に、「限定○個」「季節限定」「地域限定」などとして希少性をアピールすることで買いたいという気持ちを高めます。「世界に1個しかない」などと、希少性が高くなるほど、欲しくなる効果も高くなります。
クレジットカードの上位カード、ブラックカードやプラチナカードなどは、保有するために年収や利用実績、「インビテーションをもらう」などの条件を満たす必要があります。それらを満たしたとしても高い年会費が必要です。しかし、そうまでして手に入れる価値があると考えている人もいます。
確かに、希少性は高いのかもしれませんが、そうしたものが必ずしも役に立ったり、価値が高かったりするとは限らない点には注意が必要です。
フレーミング効果
フレーミング効果は、同じ情報でも見せ方によって人々の判断や行動が変わることをいいます。たとえば「80%の人が支持する商品」と言われたら、自分にも効き目がありそうですし、買いたいと思うかもしれません。しかし「20%の人が支持しない商品」と言われたら、まず買わないですよね(こんな広告はまずありませんが…)。
また、◯円以上の買い物で「送料無料」「駐車料金無料」などという見せ方をするのもフレーミング効果のひとつ。無料の特典を見せることで、一定額以上の買い物をしないと損だと思い込ませ、ついで買いを誘っています。不要なものまで買って送料や駐車料金を無料にした経験があるなら、注意しないといけませんね。
デフォルト効果
デフォルト効果とは、人は最初に選択されている設定をそのまま受け入れやすい傾向があることを示したものです。たとえば、臓器提供の意思カードの初期設定が「提供する」になっている場合は、そのまま「提供する」を選ぶ人が多くなります。反対に「提供しない」になっていると、提供しないを選ぶ人が多くなります。初期設定から変えるのには、わりとエネルギーがいるということです。
お得かどうか、論理的に考えよう
人は日々の生活の中で合理的な判断をしているようですが、実はそうでもありません。
行動経済学・心理学を使った効果の多くは、マーケティングの世界で消費者心理をつかむため(=お金を使ってもらうため)に巧みに利用されています。そのことを知らずに「これは気になる!買おう」としていては、無駄遣いになってしまいますし、お金がいくらあっても足りなくなってしまいます。
しかし、今回紹介したことを知っていれば、飛びつく前に「ちょっと待てよ」と立ち止まり、本当にお得かどうか、論理的に考えることができるはずです。ぜひ参考になさってください。
頼藤太希 (株)Money&You代表取締役/マネーコンサルタント
中央大学商学部客員講師。早稲田大学オープンカレッジ講師。慶應義塾大学経済学部卒業後、外資系生命保険会社にて資産運用リスク管理業務に従事。2015年に(株)Money&Youを創業し、現職へ。女性向けWebメディア『FP Cafe』や『Mocha(モカ)』を運営すると同時に、資産運用・税金・Fintech・キャッシュレスなどに関する執筆・監修、書籍、講演などを通して日本人のマネーリテラシー向上に注力している。『定年後ずっと困らないお金の話』(大和書房)、『マンガと図解 はじめての資産運用』(宝島社)、『はじめてのNISA&iDeCo』(成美堂出版)など著書累計100万部超。日本証券アナリスト協会検定会員。宅地建物取引士。ファイナンシャルプランナー(AFP)。日本アクチュアリー会研究会員。