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原宿・表参道・青山の再開発が不動産投資に与える影響とは?

原宿・表参道・青山――東京を代表するファッションとカルチャーの街が、今、大規模な再開発によって新たな都市へと進化しています。歴史ある街並みと最新の商業施設が融合するこのエリアは、渋谷駅周辺の再開発と連動し、「広域渋谷圏」として再定義されつつあります。

外資系企業やIT・金融業界の進出、昼間人口の増加により、住宅・賃貸需要も急拡大。本コラムでは、原宿・表参道・青山の再開発の歴史と現状を振り返りながら、不動産投資における注目ポイントと将来性を読み解きます。

原宿・表参道

原宿の歴史は

多くの人で賑わう原宿周辺ですが、まず近年の歴史を見てみましょう。

1906年(明治39年)に「原宿」駅が開業しました。1920年(大正9年)には明治神宮が創建され、表参道が整備されました。明治神宮は東京ドーム15個分の広さの森に包まれた広大に敷地にあります。

1923年(大正12年)に起こった関東大震災の後に、耐震性の鉄筋コンクリート住宅として「同潤会アパート」が建設されました。その最初が表参道に建設された「同潤会青山アパート」で1926年に入居が開始されました。

代々木公園は戦前は練兵場でしたが、戦後は米軍の住宅であるワシントンハイツとなりました。そこ頃から原宿はアメリカの影響を受けた街となってきました。その後1964年の東京オリンピックではワシントンハイツが代々木体育館や代々木公園になました。この頃には旧渋谷川が暗渠となり遊歩道「キャットストリート」が整備されました。

表参道の原宿の駅近くには1965年にはマンション「コーポオリンピア」が分譲されました。当時の価格が最高で1億円を超え、日本最初の「億ション」と言われており、現在も現役で残っています。実は当該マンションにはワンルームマンションも混在しています。

ファッションの街として発展

1970年代からファッションビルが開業し、1974年には「パレフランセ」、1978年には「ラフォーレ原宿」が開業、表参道や竹下通りはファッションストリートとして有名となってきました。

1979年には竹の子族や歩行者天国が全国的に話題となりました。1980年代にはデザイナーズブランドがブームとなりました。

その後も表参道には多くの高級ブランド店などが集まり、銀座などと並ぶ高級ショッピング街となり、また同時に竹下通りには若者向けの店が建ち並ぶエリアとなり、現在も非常に多くの人が訪れます。エリア一体がまるでテーマパークのようであり、訪日外国人も多く訪れています。

表参道で進んだ再開発 大規模住宅が商業施設に

このように表参道や竹下通りには小規模な商店が多く建ち並ぶ商店街でしたが、大規模な施設も誕生してきています。先に紹介しました表参道の「同潤会青山アパート」は2003年に解体され、2006年に「表参道ヒルズ」が開業しました。

2020年には表参道と竹下通りの間の「原宿アパートメント」などを建替え、複合商業施設「ウィズ原宿」が開業。

「原宿セントラルアパート」などの跡地に「東急プラザ表参道原宿」が2012年に開業。明治通りと表参道の交差点にあり屋上は不思議な形で大規模な屋上庭園「おもはらの森」を備えた建物です。

その向かいには2024年に東急プラザ原宿「ハラカド」が開業しました。外観が青色に光壁に囲まれた大変目を引く建物です。その際に「東急プラザ表参道原宿」は「オモカド」と改称されました。「ハラカド」は高級感のあるビルですが、地下にはなんと「銭湯」があり朝7時から営業しています。高円寺に本店のある銭湯ですがこちらも多くの人で賑わっています。かつて内風呂が普及していなかった時代には銭湯は人々の生活施設とも言えましたが、現在ではレジャーとして銭湯を利用する方が多くなってきているようです。都内にはまだ多くの銭湯が影響していますので、ワンルームマンションの立地選びに「銭湯」の有無を調べてみるのも良いかと思います。

2025年7月には「ウィズ原宿」近くの「原宿クエスト」が建替えられ開業予定です。

このように古くからあったマンションなどの広い敷地を建て替えて大規模商業施設に建替えるケースが多くなっています。

表参道には高級ブランドショップが多くあり、通り沿いのビルもユニークなデザインのものが多くあります。街を散策するだけで楽しい通りと言えます。

「原宿」駅の旧駅舎跡地は、旧駅舎の外観を再現しながら、商業施設として整備され2026年に開業の予定です。

原宿に開業した「ハラカド」
<資料:東急不動産>

青山

青山の歴史

高級住宅地として有名な青山は戸建て住宅も多い事が特長です。また青山墓地や青山学院大学、赤坂御所や神宮外苑などもあり、都心の中心に広大な敷地の施設が多い事も特長です。

地下に半蔵門線が通り「表参道」駅のある青山通り(国道246号)は1964年の東京オリンピックの前年に幅が40メートルに拡張されました。このため既存の建物の一部を道路として供用し奥行きが5メートルとなった建物が続く一角があります。表参道駅の近くの山陽道書店から続く一角です。中には奥行き3メートル位のビルもあります。歴史の産物と言えるのではないでしょうか。

青山では都営団地が再開発に

青山では「北青山三丁目地区第一種市街地再開発事業」が進行しています。東京都の「北青山三丁目地区まちづくりプロジェクト事業実施方針」の一環として実施されています。

「都営青山北町アパート」などの跡地であり、既に解体が開始され工事は2025年10月着工されます。隣地には移転した「都営北青山三丁目アパート」などの住宅が建設されています。地上38階、約180mのビルが建設され事務所・商業施設・ホテルなどが開業する予定です。こちらも昭和に建設された都営団地が建替えられます。都心の真ん中にレトロな団地があり不思議な光景でしたが、ついに再開発されて生まれ変わる予定です。

北青山三丁目地区第一種市街地再開発事業 イメージパース
<資料:独立行政法人都市再生機構>

神宮外苑

明治神宮外苑で進む再開発計画

神宮外苑は青山練兵場跡地に建設されました。聖徳記念絵画館、憲法記念館、陸上競技場・明治神宮野球場・相撲場などが建設され、1926年(大正15年)明治神宮に奉献されました。2026年には創建100年を迎えます。

多くの施設が老朽化し、耐震性能も現在のものではなっています。「神宮外苑地区第一種市街地再開発事業」が計画されています。ラグビー場、野球場などが建替えられ、ホテルなども含めた多目的ビルも複数棟建設される予定です。

また森の木も傷んでいるものは伐採し新たに植樹するなどの手入れが必要となります。計画では伐採よりも植樹される本数の方が多く、森の将来的なメンテナンスも考えられているようです。先日、事業主である三井不動産会長のお話を聞きましたが、神宮外苑の森はあくまで森を守る事がメインとなっており、600本伐採して1000本を植樹するそうです。伐採するのも傷んだ樹木であるとの事でした。スポーツ施設も築100年を超え、運用上も耐震性も限界にきているとの事です。

広域都市の誕生が不動産投資に与える影響は?

渋谷・原宿・青山が一体に

渋谷では大規模な再開発の完成により街が大きく変わってきています。渋谷の再開発を進める東急不動産など東急グループのHPによると、渋谷駅を中心とした半径2.5km圏内を「広域渋谷圏(Greater SHIBUYA)」としてとして都市開発を進めています。

さらに神宮外苑は三井不動産などの主導で行われていますが、表参道とも青山通りでつながっており、広域的な再開発エリアの繋がりが期待されます。

渋谷駅の再開発の発展が表参道・原宿などとつながり、また青山・神宮外苑などを一体となる事でこうしたエリアの再開発も相乗効果がでるのではないでしょうか。

外資系企業、IT・金融、ファッション・飲食、アミューズメントなどにおける昼間人口の増大・就業人口の大幅な増加が見込まれ、それらを起点とする多くの沿線上に多大な住宅需要・賃貸需要(法人賃貸含む)が生じますので、極めて広域的なエリアで不動産投資としての魅力も増すのではないでしょうか。

東急グループによる広域渋谷圏(Greater SHIBUYA)

<資料:東急グループ>
https://www.tokyu.co.jp/shibuya-redevelopment/

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